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あなたの心の中のお定さん―果たして彼女は毒婦か

―『秘本・阿部お定』/長田幹彦に見る定の女性像―

果たして毒婦とはなにか。
関係のない第三者から見れば稀代の毒婦でも、彼女を愛した男からみれば
世にも稀なる聖女かも(笑)。
そんな事件、昔も今も、山ほどありますが……
そんなこんなで世を賑わせる先駆けとなった〈阿部定事件〉について、
昨年カストリ書房さんで入手した『秘本・阿部お定』を読んでの雑記を
したためてみました。

淑女のみなさま、こんばんは。

 

さて、阿部定さんをご存知でしょうか。

阿部サダオさんではなく、阿部定さんです (^^)

 

世間を震撼させ、”稀代の毒婦による猟奇事件”と新聞を賑わせた〈阿部定事件〉も、もはや昭和11年(1936年)の出来事。

遠い昔の事件として、もはや思い出す人も知っている人も減りつつあるのではないでしょうか。

 

―不貞の愛人をプレイ中に絞殺した後、逸物を包丁でちょん切って逃走―

阿部定事件の概要をひとことで説明すると、こうなります。

 

『変態を超えた鬼気迫る狂気』

『恋が女を狂わせた! 』

『破廉恥極まりないサディスティックな性癖』

『人の亭主を寝取った莫連女』……etc.

 

まだWEBメディアもない時代にもかかわらず、この事件は新聞誌上で大きく取り上げられたそうです。

 

後に、様々な実話誌やカストリ雜誌などの大衆紙でも多分に脚色を交えて大きく喧伝されたのみならず、当のお定さん本人も出所後に女優として本人役で舞台に立つなど、この事件は世にいう〈阿部定事件〉として、大いにムーブメントを巻き起こしました。

当時のことをリアルタイムで知らずとも、1976年に大島渚監督によって映画化された『愛のコリーダ』でこの事件を知った人も多いのではないでしょうか。


⇡Amazonで見ると年齢確認されちゃうやつ(笑)。
とっても素敵な映画です。

フランスとの合作で、昭和ヌーベルヴァーグの旗手ともいわれた大島監督の手にかかれば、猟奇殺人事件もなんだか粋で官能的な一夜の出来事に見えてくるから不思議です。

お定役は、透けるような肌と痩せぎすの不思議なエロスを持った新人女優・松田栄子さん
当時天井桟敷に居た女優さんで、これが映画初出演という初々しさ。耳たぶに小さな蠍の入れ墨があるのが印象的過ぎました。

彼女の演技を見ていると、お定ちゃんはちっとも悪女なんかにみえません。

”ただただピュアな愛情が行き過ぎて、行き場に迷って破綻したがゆえの事件”というなんとも哀切極まる愛情の道行物語に見えてくるのです。

 

それにも増して、この映画で一躍”官能的な役が出来る名優”として名を馳せた藤竜也さんは、まさに”殺したくなるほど”のイイ男ぶり。

これじゃ殺されても仕方ないよね、と思わせる謎の甘い迫力でグイグイとお定ちゃんを「もっと締めちゃいなよ」とケシカケ(ているようにしか見えない)ます。

私も、この映画で阿部定事件を知り、興味を持ったせいか、自分の中ではなんならちょっと濃い目の「純愛ラブストーリー」だと思っていました。

 

ですが、今回この長田幹彦さんの著した『秘本・阿部お定』を読んでみたところ、やはりそれだけでもない人間の性、情のようなものがひしひしと伝わってきて、変な話ですが、なお一層の思い入れを感じてしまいました。

 

映画では描かれなかった定の人間的な、女の部分。

一途で綺麗な恋物語だけではなかった現実。長年のパトロンをとんでもない形で裏切り、権威を失墜させてしまったという罪悪感。

 

『だってしょうがなかったの、生きるために……』

 

そんな女のどうしようもなさと弱さ、其れにも増して彼女のしたたかさとある種の世渡り力と頭の良さが垣間見えてきます。

 

“アバズレで鼻っ柱が強く、それでいて人情ッぽろい妙な性格。男さえ見ると、この人はどういうしかたで口説くだろうと思うと、もう面白くてたまりませんでした”

そんなふうに自分を表現する定さん。

 

“男たちの悩ましそうな顔をみているのが、何より楽しかったんです”

 

こういった表現を、彼女のさもありなん、なドS女ぶりとみるか、近代的な女性の特性と見るか。

 

彼女は、戦前の日本において、自立した女性の先駆けでもあったと思うのです。
まっとうな形ではなかったにしろ、彼女はたったひとりで、生活の資金を得て生きていきます。

 

その驚異的な行動力と主体性は、おとなしく誰かに養われている自分など想像すらしていなかったかのよう。

それでも、30代も半ばを過ぎ、誰かに頼りたいと思いながらも、自由に生きる我儘は捨てきれない。そんな生きる不安を抱え、彷徨うところもまさに現代女性の悩みそのもの。

現代では当たり前のようにもみえる生き方ではありますが、当時の戦前の日本ではかなり個性的な女性だったのではないでしょうか。

自分の中の女という生き物の持ちうる魅力と力を総動員して、大正・昭和の時代を生き抜いた女性。

逮捕され、出所したあともひっそり余生を送らなかった(送れなかった)のも彼女のエネルギー量を思えば理解できる気がします。

⇡出所後に作家で性科学者の高橋鐵の対談取材を受けるお定さん。

そんな過剰なエネルギーと真っ直ぐさが、彼女のピュアにも見える生き方に繋がっていったのかな、と思いました。

個人的には、なぜか、どうにもこういう女性が好きで堪りません。

阿部定、鈴木いづみ、シド・ナンシー、ボニー・クライド……


―いろーんなことがあったとしても、理屈をこねくり回して怖気づいている前に、まず、動け!

思ったように、好きに生きろ!―

 

生きていく上でも様々な雑念も、彼女たちの生き方そのものが笑い飛ばしてくれるかのよう。

 

―「スプーン一杯のしあわせ」なんか欲しくない。

どうせなら「太平洋いっぱいのしあわせ」ぐらいが欲しい。

そうでなかったら、不幸のどん底がいい―

―鈴木いづみ著『いづみ語録』より―

 

過剰なエネルギーは、愛に着火されたときには悲劇を生みがち

ですが、他人からみたら地獄でも、彼女たちにとってはそうではないような気がします。

 

この女性たちの魅力についてはまたいつか……(^^)。

打矢 麻理子

SEIReN編集長

打矢麻理子

様々なジャンルの女性ファッション誌や、ビジュアルブック、書籍制作などの経験を活かし、編集者として活動中。2017年に出版社の編集事業局取締役社長を経て独立。クリエイターチーム「Lilith Edit」、メディアプロジェクト「SEIReN」を主宰。

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