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『鳴神』のエロス

古典芸能のミカタ(第一回)ー5月歌舞伎座『團菊祭』ー

大和撫子たるもの、日本文化・芸能を知らずしてどういたしましょう。
と、いうことで、カルチャー連載の名にふさわしい^ ^連載がスタート♪
案内役は、出版界きってのカルチャー男子でもある中井仲蔵パイセン。
歌舞伎・浄瑠璃・能・狂言・現代劇の舞台はもちろん、最新の公開映画から宝塚歌劇まで、
あらゆる舞台演劇エンターテイメントに精通している仲蔵さんだからこそ、
難解なイメージの古典芸能もライトな切り口でわかりやすくナビゲートしてくれるはず。
第一回目のテーマは、5月に歌舞伎座で上演される「團菊祭」についてです。

歌舞伎人形浄瑠璃能・狂言などと聞くと、つい
「敷居が高い」「難解」「とっつきにくい」
などと感じてしまう人は多いのではないでしょうか。

「興味はあるんだけど、格式が高そうでちょっと躊躇している
という声はよく耳にするところです。

そこで本稿では、「古典芸能、実は恐れずに足らず」というのを、2018年の「團菊祭(だんぎくさい)五月大歌舞伎」(歌舞伎座)を例にとってお話したいと思います。

 

その前にこの「團菊祭」について説明しましょう。

これは明治の劇聖と呼ばれた九代目市川團十郎と、五代目尾上(おのえ)菊五郎の偉業を顕彰するという名目で、その二人にゆかりのある役者たちが、同じく縁のある演目を上演するイベントのことです。

毎年5月に東京・東銀座にある歌舞伎座で行われています。

この両人はとても偉大な役者だったようで、死後、「團菊じじい」という言葉が生まれました。
團十郎と菊五郎の舞台をナマで観たことがあるお年寄りが、若い人に向かって

「昔の役者は今と比べて良かったよ。團十郎、菊五郎ってのがいてな……」

とウンチクを垂れるのをからかった言いまわしです。


↑市川團十郎像


↑尾上菊五郎像

この五代目菊五郎の後継者として現在も活躍しているのが、七代目の菊五郎

奥さんが女優の富司純子で、娘は女優の寺島しのぶ、息子が五代目の尾上菊之助です。
しのぶの長男も菊之助の長男も、歌舞伎座でお目見えを果たすなど、親子数代に渡る芸能一家です。

一方、九代目團十郎の跡継ぎにあたるのが、当代の市川海老蔵
皆さんもよくご存じの、あの海老蔵です。

市川團十郎といえば、江戸歌舞伎では頂点に君臨する大名跡ですが、彼はそう遠くないうちにその十三代目を襲名することになるでしょう。

 

さて、今年の『團菊祭』ですが、今年の昼の部の目玉は、『雷神不動北山櫻(なるかみふどうきたやまざくら)』(通称「鳴神」)です。
これは、七代目團十郎が家の芸として定めた「歌舞伎十八番」の一つで、原型は17世紀末に作られたそうですが、現在の形におおよそ落ち着いたのは、寛保2(1742)年とされています。
多少のマイナーな変更はあったものの、280年近く昔に作られた戯曲を、セリフや衣装、演出をほとんど変えず、現代まで引き継いでいるというわけです。

 

その内容といいますと、時の朝廷に不満を持つ鳴神上人という高僧が主人公の話。
鳴神は大変な神通力の持ち主で、雨を降らすことのできる竜神を滝壺に閉じ込めることで、都に日照りをもたらします。

今のお坊さんを見てもピンと来ませんが、江戸時代の仏教界では、僧侶は肉食も飲酒も妻帯も許されていませんでした。
霊験あらたかな超能力を得るまで血の滲むような修業を重ねた鳴神です。

当然、これまではお酒を飲んだことも女性に触れたこともありません。

 

そんな彼を堕落させて竜神を解き放つために、朝廷から送り込まれた女性工作員が、雲の絶間姫
妖艶な色香で、籠絡しようというわけです。

 

演じるのは、鳴神を海老蔵、雲の絶間姫を菊之助
ともに滴るような美しさを誇る役者なので、舞台は一服の絵画のように見えることでしょう。

……というと、まるでヒッチコックのようなサスペンス映画を連想する人も多いと思いますが、実際の場面はそんなスタイリッシュではありません。

この演目の一番の見せ所は、雲の絶間姫が「癪を起こした」と偽って、鳴神を誘惑する場面
高僧の手を自分の胸元に差し込ませます。


おっかなびっくり雲の絶間姫のバストを触れた鳴神
は、しばしそれをまさぐった後、

「柔らかくて、豆みたいな突起があるけど、こりゃなんじゃ」

と仰天するのです。

よく言えば「大らかなエロティシズムがあふれる牧歌的なシーン」ですが、悪く言えばバカバカしいワイ談です。
たぶん、現代のテレビのゴールデン帯では、放送できない内容でしょう。

こういう作品が、300年近くも継承されてきたのが歌舞伎なのです。

 

ね、思ったより下らないでしょ? 
もちろんいい意味で、ですよ。

 

ということで、肩の力を抜いて、ぜひとも劇場に足をお運びください。
他愛のない物語を愛おしむ、豊かな日本文化に触れられることと思います。

中井 仲蔵

編集者/コラムニスト

中井仲蔵

中井仲蔵 (なかいなかぞう) 昭和43年生まれ。普段は都内の中堅出版社で働くが、たまにコラムニストとして映画や演劇について語ることも。独身。長男。花粉症。

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