生と死、夢と現実のパラレルワールド
―鈴木清順・浪漫三部作「陽炎座」の世界―
今日は、“極私的大好き映画”のひとつをご紹介させてください。
舞台は1929年の東京。原作は泉鏡花の同名小説『陽炎座』。
1981年公開の鈴木清順監督作品です。
"浪漫三部作”の中でも最も極彩色の妖艶さが際立つ今作。
清順作品の"過剰な表現"が大好き、という方は絶対ハマるに違いない、
幻想的な作品だと思います。
淑女のみなさま、こんばんは。
みなさんは、眠っている時、夢をみることがありますか?
無意味な夢、リアルな夢、高いところから落ちる夢、恐ろしい夢……。
夢の多くは、目覚めるとすぐに忘れてしまうくらい儚い印象ですが、ごくまれに、あまりにも印象的で忘れられない夢もあるのではないでしょうか?
鈴木清順監督の”浪漫三部作”といわれる中の一作『陽炎座』は、まさにそんな一夜の夢の世界を描いたような物語。
幽遠な映像美と過剰なまでの演出でカルト的な人気を誇る鈴木清順監督作品。
⇡鈴木清順監督
三部作の『ツィゴイネルワイゼン』『夢二』もどこか相通ずる世界はあるものの、個人的にですが、この作品がお耽美指数No.1だと思っております。
ストーリー的には何度観ても真実がわからないのですが、ともかく、松田優作演じる新派の劇作家、松崎春狐が、出逢った美しい謎の女たちに惑わされ、この世とあの世のまん中あたりを彷徨う“道行き”の物語。
(ネタバレという言葉が似つかわしくない映画ではあるのですが、以下あらすじをご紹介しておりますので、先に映像を感じたい方は読み飛ばしてください)
橋の上で落とした恋文を探していた松崎は、謎めいた美女・品子(演じるのは大楠道代さん。本当に色っぽい!)に出逢い、偶然にも三度の逢瀬を重ねます。
松崎は、その不思議ないきさつをパトロンである玉脇に話すのですが、訪れた玉脇の広大な邸宅の一室は、松崎が品子との逢瀬に使ったものと同じ部屋!
まさか品子は玉脇の妻なのでは、とゾッとする松崎。
ところが数日後、今度は玉脇の家内だと名乗る振り袖姿の女イネ(品子にそっくり!)に出逢います。
ですが、玉脇の過去を知る松崎の下宿の女主人によれば、玉脇の妻・イネは病気で入院し、玉脇はその後添いとして品子を迎え入れたというのです。
しかも、イネは病気で松崎と出逢う前に亡くなっていると……。
ますますわけの分からない事態に巻き込まれた松崎に、品子から手紙が届きます。
『金沢、夕月楼にてお待ち候。三度(みたび)お逢いして、四度めの逢瀬は恋になります。死なねばなりません』
完全に狐につままれたような状態で金沢行きを決行した松崎は、列車の中で『これから金沢へ亭主持ちの女と若い愛人の心中を見に行く』という玉脇と乗り合わせます。
松崎からすれば、まさに、もしやそれって俺のこと? ってなる状況。
金沢に到着しても次々と不思議な状況が松崎を襲います。
死んだはずのイネ(楠田枝里子さんが演じていますが、見た目が完全に異国人)が船に乗っていたり、品子は『手紙なんて出して無い』と言ってきたり。
玉脇が自分を弄び、心中を唆しているのか?
寝盗られ亭主のはずの玉脇が、全てを操っているかのようにずっと飄々とした態度なのもなんだか怪しい。
そんな疑いを抱いた松崎は、こんな仕組まれた心中劇に巻き込まれるものかと、その場から逃げます。
逃げ切った松崎は、祭囃子の響く中、アナーキストの和田(原田芳雄さん)という男と知り合い、この男と、秘密めいた人形の会に行くことに。
人形を裏返し、空洞をのぞくと、そこには男女の情交の世界が拡がっています。
いくつもの人形を覗き、最後の人形を裏返すと、そこには人妻と若い愛人が背中合わせに寄り添い、心中している情景が……。
恐怖に駆られた松崎がいつしかたどり着いたのは子供芝居の小屋。
そこから物語は一気に終焉に向かっていきます。
と、まあ、長くなりましたが、ストーリー的にはこんな感じで、特にオチはありません(と思います笑)。
というより、観れば観るほどに、物語そのものを説明するのが野暮だな、という気持ちにさせられる映画です。
夢を観ているかのような気持ちで、その映像美と妖かしの雰囲気をただただ楽しむべき映画なのでしょう。
品子に降り注ぐ、嘘みたいに舞う大量の桜吹雪。
人形裏返しの世界に描かれる浮世絵のような情交場面。
水面に浮かび上がる死んだ品子の口から、女の魂を象徴しているという“酸漿(ほおずき)”がドバっと溢れてくるシーン。
このあたりの描き方が激しく官能的で過激、まさに清順ワールド全開だな、という感じでゾクゾクしちゃいます。
主人公・松崎春狐を狂言回しに、清順監督は、女の強い妄執や念のようなものを最も美しい形で切り取ったのでしょう。
死者と生者が行き交うストーリーが、美しく鮮やかな映像と官能的な描写で延々と繋がれていく、うたかたの夢のような世界。
⇡1981年公開当時のメインビジュアルはさらに妖艶でエロティック!
この映画を観終わった後には、まさに主人公の春狐という名前の通り、春の狐に騙されたような不思議な感覚に陥ってしまいそうです。
平和で穏やかな愛もいいけれど、ときに男の魂を少しずつ吸い取ってしまうような、ちょっぴり怖くて美しい女に惹き寄せられてしまうのが男の性。
品子やイネの中にも、上田秋成が『雨月物語』で描いたような怖くて美しい妖かしの女の面影があるような気がします。
自分の中の“女”の感度を上げ、官能をめざめさせたい時に、ぜひご覧になってみてください。
ちなみに、原作となった小説はこちら、『陽炎座』/泉鏡花です。
泉鏡花の原作は、お稲さんを軸に描かれており、映画と同じく”生と死を揺蕩うパラレルワールドの物語”ではありながら、わりと饒舌なセリフに助けられ物語の展開が見えやすくはある気がします。
清順映画の極彩色の艶やかな映像、泉鏡花の淡い水彩画のような幻想的な小説と比較して観てみるのも面白いかもしれません。