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山の子をその手に抱き、美しき山姥は笑う。

神々と寝た女 ~逢魔が時の過ぎぬ間に Vol.3 金太郎の母

「まさかりかついだ金太郎」――
彼がどうして生まれ、なぜ伝説になったのか、意外に知られていません。

金太郎は山姥と龍の間に生まれた子どもである、とする昔話が伝わっています。

その出生には、日本の成り立ちと山の民とに関わる、ある物語が隠されています。

女は元々、神奈備の山の巫女として各地を渡っていたという。ある日、この地にやってきた女は、禊を行うために山に入った。

山の中を抜け、頂上へと至ると、そこには開けた地が広がっていたという。天気も良く、柔らかな草地となっていたそこに女は、腰を降ろして休息をとった。

ふと、女は空を見上げた。

すると、それまで晴れていた空はにわかに黒雲が立ち込め始めたという。これは、と思っていると不意に、黒雲が割れた。

そして、天に現れたその裂け目からは、真っ赤な龍が顔を出した。

龍の玉の眼が、女の目と交差した。龍はそのまま、その首をもたげ――驚きと畏れで身体を硬くする女の元へ向かい、真っすぐに、一直線に、天から山の頂へと、降りてきた――

 

女はそこで目を覚ました。

いつの間にか眠ってしまっていたのだった。

周囲を見渡せば、先ほどまでの夢と同じに黒雲が立ち込め、雷鳴が鳴り響いて嵐の様相を呈していた。

山を砕かんばかりの雷鳴に、女は立ち上がってその場を離れようとした。その時、女は自らが身ごもっていることに気がついた。

 

「……その後、生んだのが金太郎でございます」

 

女はそう言って話を終えた。

頼光は半信半疑のままそれを聞いていた。ただの夢ではないのか、やはり客に取った誰かの子なのではないか――そう思いつつも、昼間見た金太郎のあの剛力、真っ赤な肌、そしてあの妖しげな魅力を思えば、あり得ないことではないとも思えたからである。

 

「……赤龍とはつまり、雷神。引いてはこの地を治める息長氏の神であるな」

 

問うともなく発せられた頼光の言葉に、女は笑顔で応えた。頼光は言葉を継ぐ。

 

「その雷神の子ということであれば、このようなところで暮らさずとも、息長の館に生活の世話を受けることもできよう」

「あら、神の子が人の世話になる必要がありますかしら?」

 

さらりと応えた女の言葉に、頼光は鼻白んだ。

 

「それに、わたくしは元々山に棲む民でございます。あの龍はこの山そのものでございましょう。なれば、あの子は山の子です」

「……それは我々朝廷の律令に従わぬということか?」

「……わたくしを成敗なさいますか?」

 

女はまた、軽やかな笑顔を向けた。頼光はその笑顔を恐れた。今、この女の生殺は頼光の手にある。なのに、このように笑えるものだろうか。

それまでに出会ったどのような女とも、いや、男も含めたどのような者とも違う。朝廷の権威に媚びることも、恐れることもなく、ただありのままに、自らの心のまま笑う。そのようなことが、出来るものなのだろうか。

 

「……そなた、やはり人の子ではないな」

「ふふっ、どうでしょう」

「人を取って喰うというのはまことか?」

「さぁ、どうでしょうか……山で迷った人をこのように小屋に泊めたことはございますが」

 

外は漆黒の闇に覆われ、小屋の中はかまどの火の灯りだけが心細く揺れていた。

ふと、頼光は女の姿を見失った。次の瞬間、耳元で声がした。

 

「わたくしを殺さないのなら……お侍さまのことも、取って食べてしまいましょうか……」

 

頼光の肩に、ひんやりとした肌の感触が伝わった。

* * *

翌日。

金太郎が小屋に来た時には、女の姿はどこかへ消えていた。

案内されて山を降りながら、頼光は金太郎に話しかけた。

 

「お主、母と一緒に住んではいないのか?」

「昔は一緒に住んでたけど、今はおら独りで住んでる。里に近い方がいろいろ便利だし」

「そうか」

「……あんたは、都から来たのか?」

「そうだ。都に行ったことはあるか?」

「この山と麓の村しか行ったことねぇ」

「……どうだ、もう少し大きくなったら、私に仕えぬか?」

「え?」

 

金太郎は立ち止り、振り返った。

 

「それは、侍になるってこと?」

「そうだ。お前ならきっと、立派な武士になれる」

 

金太郎は目を逸らし、少し考え、言った。

 

「……おら、やってみたい」

 

この金太郎がその後、源頼光の配下、頼光四天王の一人・坂田金時として、大江山の酒呑童子討伐で功績を上げたことはよく知られている通りである。

その酒呑童子が、ここ近江の国の坂田郡から目と鼻の先にある伊吹山で生まれた山の民であった、ということもまた、ここに付記しておく。

鬼と呼ばれたものの多くは、朝廷に従わず各地を放浪したり、山の中で昔ながらの生活を送ったりしていた「まつろわぬ民」であったのだとする説がある。

源頼光とその一党は、鬼や魔物の退治で大いに武功を上げ、それらの武勇は今でも伝説として語り継がれている。

 

永澄輝井

作家・ライター

輝井永澄

ゲームクリエイターとして活躍後、執筆活動を開始。 SFやオカルトのようなエンターテインメント性の高いものを主軸としながらも、民俗・文化・文明社会の中に現れる人間の普遍性を見出そうとする作品を展開。

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