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国を賭けた恋と、見守る女の憂鬱

神々と寝た女 ~逢魔が時の過ぎぬ間に Vol.2 古事記・シタテルヒメとアメノサグメ

古代、天の神が降臨し、地上の神々から日本の大地を譲り受けたという「国譲り」の神話。
その中には多くの神と、それに対峙する人々との関わり合いが描かれます。

天の神の使者として派遣された天雉彦(アメノワカヒコ)と、地上の大国主の姫、下照姫(シタテルヒメ)との悲恋は、昔から人々に親しまれた物語。
その中には、その恋を見守り、葛藤に苛まれたもう一人の女の物語がありました。

それからまた、しばらく時が経った。

いつの頃からか、シタテルヒメはワカヒコの元へと、堂々と訪れるようになり、まるで夫婦のごとく共に暮らすようになっていた。

サグメは変わらず、ワカヒコの宮に暮らしていた。
ワカヒコの身の回りの世話などをしながら、出雲の民と語り、杯を交わして飯を喰い、時には共に働いた。シタテルヒメや里の女たちとは時折、湖や森へと出かけた。

出雲の大国主と交渉し、この国を高天原の神々の支配下に置くという使命を忘れたわけではない。
日が高くなるまで寝て、昼間は休みながら少しだけ働き、日が落ちれば酒を飲み、男女は交わる――動物と変わらぬような暮らしをおくるこの里の民に、秩序と文化をもたらし、人の子を進歩させなくてはならない。それが自分たち、天の神の役割なのだから。

しかし、この国を武力で征服したり、無理やり支配権を大国主に譲らせる必要もないのではないか。こうしてこの国の民を、少しずつ教化していくのも悪くはない――それに、ワカヒコがこのままシタテルヒメと結婚すれば、この国はいずれワカヒコのものだ。そうすれば、労なくしてこの国は天照大神の支配下に入るではないか。

それが言い訳であることから目を背け続けたまま、8年もの時が過ぎていた。
ある日、サグメが宮の庭で洗濯をしていると、一羽の雉が飛んできて、宮の門の楓の木にとまった。

「……雉の鳴女(なきめ)……!?」

それを見たサグメはすぐに事態を察した。
あれは天の神が使役する鳥だ。使命を果たさず、帰らないワカヒコに、天照が差し向けたものに違いなかった。

「アメノワカヒコよ」

雉が鳴き声を発した。人の子には聴きとれない言葉だ。

「葦原の中つ国の、野卑なる国を帰服させることがお前の役割だ。なぜに未だに、その使命を果たさず、高天ヶ原にも帰らずいるのか」

雉が伝えた言葉は、天照大神本人の言葉だった。とうとうこの日が来てしまったのだ。

「ワカヒコ様……!」

洗濯物を放り出して、サグメは宮の中へと駆け込んだ。

「どうした、サグメ」

シタテルヒメと共に、ワカヒコは宮の中で過ごしていた。

「……外の楓に、雉がとまっております」

サグメは言った。
天の者であれば、この意味はすぐにわかるはずだ。

ワカヒコはサグメのその言葉を聞き、じっと黙って考え込んでいた。
ただ事でない様子に、シタテルヒメは不安げな表情を浮かべながら、その黄金の瞳をサグメへと向けていた。サグメはその瞳を真っすぐに見ることができず、目を伏せていた。

「……雉の鳴き声は、どんなだったかね?」

ワカヒコが口を開いた。
サグメは顔を上げた。ワカヒコとシタテルヒメが、寄り添って座っているのが目に入って来た。シタテルヒメの黄金の瞳と、サグメの目が合った。その瞳の奥には、黄金色の光が変わらず燃えていた。

雉の鳴き声は――サグメは、口を開いた。

「……不吉な……とても不吉な鳴き声でございました」

サグメはシタテルヒメの目を、そしてワカヒコの目を見て、言葉を継いだ。

「あれは凶兆を告げる鳥でございます。鳴き声に耳を貸してはなりませぬ」

「……そうだな。そのようだ」

ワカヒコが頷いたその時、雉の鳴女が宮の庭へと飛んで来て、宮の中にいるワカヒコたちへと鳴きかけた。

「アメノワカヒコよ、なぜ使命を果たさない!」

ワカヒコは立ち上がり、弓を手に取った。庭に降り立ち、弓に矢をつがえ、引絞る。
庭の上空で尚も、鳴き声を発し続ける雉へと向け、ワカヒコはその矢を放った。
その弓は天之麻迦古弓(あめのまかこのゆみ)、その矢は天羽々矢(あめのはばや)、神器たるその矢は雉を貫き、天の彼方へと飛び去って消えた。

* * *

「シタテルヒメ、今夜は父上の元へ帰りなさい」

ワカヒコはその夜、宮の寝所からシタテルヒメを追い出すように言った。

「……どうしてですか?」

「……どうしても」

ワカヒコは知っていた。高天ヶ原が自分を見逃すはずがないことを。出雲で消息を絶ったという自分の前任者も、なんらかの方法で処分をされたであろうことを。
訝るシタテルヒメを説得して宮から送り出し、ワカヒコは独り、寝所へと入った。

「……ワカヒコ様」

寝所の中には、サグメが控えていた。

「……サグメ、私を殺すかね?」

「……」

サグメは苛立ちを感じた。

* * *

ワカヒコが雉の鳴女に向かい放った矢は、遠く高天ヶ原の神々の元にまで届いたのだという。

高天ヶ原の神は、その矢に「もしワカヒコが裏切ったなら、ワカヒコを討つように」とまじないをかけ、矢を投げ返した。そしてその矢は、寝所にいたワカヒコの胸を貫き、ワカヒコは死したと、古事記は伝えている。

 

独り生き延びたシタテルヒメは毎日泣き暮らし、その鳴き声は高天ヶ原にまで届いたと言われている。

その後のサグメの消息は、この物語の中に語られていない。

 


執筆者:輝井永澄(作家・ライター)

・輝井堂
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・Webで公開中の作品
https://kakuyomu.jp/users/terry10x12th
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永澄輝井

作家・ライター

輝井永澄

ゲームクリエイターとして活躍後、執筆活動を開始。 SFやオカルトのようなエンターテインメント性の高いものを主軸としながらも、民俗・文化・文明社会の中に現れる人間の普遍性を見出そうとする作品を展開。

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