龍神と生贄の、運命の恋。
神々と寝た女 -逢魔が刻の過ぎぬ間に- Vol.1 長野県・黒姫伝説
日本、および世界の各地に伝わる民話や伝承には「荒ぶる龍神」と、そこに生贄として捧げられる美しい姫が多く登場します。
自然と共に生きる時代の人々にとって、龍神は恵みをもたらす水の神であると同時に、嵐や洪水、土砂崩れを起こす災害の象徴でもありました。
「女」が家を守るための道具のような扱われ方をしたこの時代、神の怒りを鎮め、集落が生き延びるために女の命が捧げられたのは仕方のないことだったかもしれません。
しかし――どんな時代のどんな状況にあっても、女は女として幸せを求め、逞しく生きる姿もまた、そこにはありました。
その後、立派な身なりを整えたその小姓が、高梨の殿様の前へと現れる。
「あの花見の席で黒姫より酒杯をいただいた白蛇にございます」
そう申し出る高貴で逞しい若者に、高梨は驚いた。
「姫をさらうのは容易いこと。しかれども、私を宴の末席に加えてくださった殿様の器にも感服をいたしました。このようなお方に対し、道理に反した行いはできませぬ。かくなる上は、正式に黒姫を我が妻として迎えたく、お許しを頂きに参った次第」
その立派な振る舞いに、高梨は唸った。黒姫もまた、正々堂々とした姿に心打たれたことだろう。
だがしかし――黒姫は将軍家へ侍女として召しだすことが決まっている。そしてその取りなしには、隣国・越後の国の長尾為景(※上杉謙信の父親)が関わっていた。これを反故にするようなことがあっては――最悪、国の存亡に関わる。
「人ならざるものに姫をやるわけにはいかぬ」
人の子の親として、お互いに想いあう二人を夫婦として祝福したい気持ちも、高梨にはあったのかどうか。しかし、城主として国を守らねばならない高梨に、選択の余地はなかった。
大沼池の龍だと名乗る小姓は、その後100日間に渡り、高梨の元へと通い、黒姫と夫婦になる許しを請い続けたという。
とうとうその熱意に高梨は負けた。
「姫をやるには、条件がある」
高梨は小姓に言った。
「私が馬で城の周りを21周する。それに遅れずついて来られれば、結婚を認めよう」
そうして、試練が始まった。
城下随一の名馬にまたがり、城の周りを駆け出す高梨。
龍は水に棲む神である。陸上で走るのは不得手であるだろう。小姓はそれでも、汗を流し、息を吐きながら必死に食らいついていく。
だが――この試練は高梨の罠だった。
城の周りの各所に、数百本もの刀が逆さに備え付けられていたのだ。
小姓はその刀によって傷つき、血を流しながらも走り続け――そしてついに、龍の姿を現した。龍としての姿を晒してもなお、高梨の馬を追い、走り続けた。
そして高梨と龍は、約束の21周を走り終える。
「約束通り、黒姫をいただく」
傷つき、息も絶え絶えとなりながら言う龍。しかし――それを高梨の家臣たちが取り囲んだ。