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女は男のそばで美しく散り、そしてまた華ひらく

月と影 Vol.1 夏目漱石「夢十夜」第一夜

夏目漱石の「夢十夜」 第一夜は、
愛を交わし合った男女の夢物語。
死にゆく女との約束は「百年私を待っていて」というものだった。
“百年=永遠”
永遠に私を愛してと願う女。それに応え、ただひたすら女が再び逢いに来るのを待つ男。
男を縛る女と、女に縛られる男。愛に縛られる二人。
今生で結ばれることは難しい二人だったのだろうか。
女と結ばれたいという男の願望が見せた夢だったのか。
匂い立つ百合となって逢いに来た女のそばで
男はまた百年の時を過ごすのだろう。永遠の愛を手に入れたことに喜びを噛み締めながら。

あなたには百年待ってでも逢いたいと思える相手がいますか?

腕組をして枕元に坐っていると、仰向に寝た女が、静かな声でもう死にますと云う。女は長い髪を枕に敷いて、輪郭の柔らかな瓜実顔をその中に横たえている。真白な頬の底に温かい血の色がほどよく差して、唇の色は無論赤い。とうてい死にそうには見えない。しかし女は静かな声で、もう死にますと判然云った。自分も確にこれは死ぬなと思った。そこで、そうかね、もう死ぬのかね、と上から覗き込むようにして聞いて見た。

死にますとも、と云いながら、女はぱっちりと眼を開けた。大きな潤のある眼で、長い睫に包まれた中は、ただ一面に真黒であった。その真黒な眸の奥に、自分の姿が鮮に浮かんでいる。

 

「死んだら、埋めて下さい。大きな真珠貝で穴を掘って。そうして天から落ちて来る星の破片を墓標に置いて下さい。そうして墓の傍に待っていて下さい。また逢いに来ますから」

自分は、いつ逢いに来るかねと聞いた。

「日が出るでしょう。それから日が沈むでしょう。それからまた出るでしょう、そうしてまた沈むでしょう。――赤い日が東から西へ、東から西へと落ちて行くうちに、――あなた、待っていられますか」

自分は黙って首肯いた。女は静かな調子を一段張り上げて、

「百年待っていて下さい」と思い切った声で云った。

「百年、私の墓の傍に坐って待っていて下さい。きっと逢いに来ますから」

自分はただ待っていると答えた。すると、黒い眸のなかに鮮に見えた自分の姿が、ぼうっと崩れて来た。静かな水が動いて写る影を乱したように、流れ出したと思ったら、女の眼がぱちりと閉じた。長い睫の間から涙が頬へ垂れた。――もう死んでいた。

 

自分はそれから庭へ下りて、真珠貝で穴を掘った。真珠貝は大きな滑かな縁の鋭どい貝であった。土をすくうたびに、貝の裏に月の光が差してきらきらした。湿った土の匂もした。穴はしばらくして掘れた。女をその中に入れた。そうして柔らかい土を、上からそっと掛けた。掛けるたびに真珠貝の裏に月の光が差した。

それから星の破片の落ちたのを拾って来て、かろく土の上へ乗せた。星の破片は丸かった。長い間大空を落ちている間に、角が取れて滑かになったんだろうと思った。抱き上げて土の上へ置くうちに、自分の胸と手が少し暖くなった。

自分は苔の上に坐った。これから百年の間こうして待っているんだなと考えながら、腕組をして、丸い墓石を眺めていた。そのうちに、女の云った通り日が東から出た。大きな赤い日であった。それがまた女の云った通り、やがて西へ落ちた。赤いまんまでのっと落ちて行った。一つと自分は勘定した。

 

自分はこう云う風に一つ二つと勘定して行くうちに、赤い日をいくつ見たか分らない。勘定しても、勘定しても、しつくせないほど赤い日が頭の上を通り越して行った。それでも百年がまだ来ない。しまいには、苔の生えた丸い石を眺めて、自分は女に欺されたのではなかろうかと思い出した。

すると石の下から斜に自分の方へ向いて青い茎が伸びて来た。見る間に長くなってちょうど自分の胸のあたりまで来て留まった。と思うと、すらりと揺ぐ茎の頂に、心持首を傾けていた細長い一輪の蕾が、ふっくらと弁を開いた。真白な百合が鼻の先で骨に徹えるほど匂った。そこへ遥の上から、ぽたりと露が落ちたので、花は自分の重みでふらふらと動いた。自分は首を前へ出して冷たい露の滴る、白い花弁に接吻した。自分が百合から顔を離す拍子に思わず、遠い空を見たら、暁の星がたった一つ瞬いていた。

「百年はもう来ていたんだな」とこの時始めて気がついた。

 

All photos and hair:Kazuhide Hoshiya

美容師 星屋和秀(ホシヤ カズヒデ)

今回のテーマ「夢十夜 第一夜」を読んで、男は犬的で、女は猫的な魔性があると感じ、細く、青白く、淋しげな女性像を意識して撮影しました。
文学をヘアスタイルと写真で表現するということは、美容師の幅を広げることに繋がると思います。

髪の毛に触れるこの仕事に感謝し、年代関係なくデザインできることを誇りに感じ、日々サロンワークを行なってます。

プロフィール

1992年 7月 IZA設立
2017年 IZA25周年!
2011 JHA エリアファイナリスト
2013 THA ファイナリスト
2014 SHISEIDO beautyinovatorノミネートWWD賞 受賞
2015 SHISEIDO beautyinovator ファイナリスト BOB賞 特別賞 受賞
2016 JHA NEW commerファイナリスト
美容学校 ディーラー メーカー講師 等IZA
〒468-0028
愛知県名古屋市天白区島田黒石1008
0120-190-812 052-807-1908
http://www.izahair.jp

遠藤真耶

ライター

遠藤真耶

美容業界誌を発行している出版社で、隔月誌と季刊誌2誌の編集長を経験。同社を約8年半勤めた後、2017年3月よりフリーランスの編集者兼ライターとして独立。独立後は“物語のある日々”を自身のテーマに据え活動中。

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