漆黒の夜は馥郁たる梅の香り
−Bar 〈HOWL〉の思い出とデニーさんのこと Part.2−
今はもうなくなってしまった外苑前のBar、HOWL。
真っ黒な扉、ギンズバーグの詩、アントナン・アルト―のポートレート……
HOWLでの夜とデニーさんの作る《星子》のこと。
飲み歩かなくなった今でも、ふと思い出してしまうくらい素敵な夜の思い出です。
神宮前2丁目の不可思議な飲み屋さん街から少し離れた場所にある、黒いBar〈HOWL〉の扉を開き、デニーさんと出逢った私。
このダンディなBarのマスター、デニーさんが 70年代〜の原宿の夜を彩った“伝説のバーテンダー”と呼ばれていることなど、その夜の私にはまだ知る由もありませんでした。
デニーさんは入るなり、何をオーダーするべきか迷っている私に『梅は好き?』と訪ねてきました。
お酒はもう飲んでいるし、最後の一杯にデザートっぽい梅のお酒なんていいな、と思った私は、勧められるままにその梅のお酒をオーダーしました。
『星子』という名前のそのお酒は、今まで飲んだことのない不思議な味。梅のお酒なのに梅酒ではないし、深みがあってスパイシー。
トロン、と甘いかと思うと後味はキリッと涼しい。
なんだかとっても美人で生意気な女の人のようなお酒だ、と思いました。
デニーさんにそう伝えると、彼は『お酒はレディと一緒だからね』とニッコリ。
そんな映画みたいなセリフある!?
そして日本でこんな気障な言葉が似合う空間ってある!?
そう思った私は、それもそのまま『デニーさんって映画の中の人みたい!』と伝えると、デニーさんはカウンターの向こうから、1冊のZINEを見せてくれたのです。
ハーレーに跨り、アメリカの荒野を走るデニーさんのロードムービーのような写真の数々。そのZINEの中には、まさに映画『イージー・ライダー』の世界(むしろそれ以上にワイルド!)がひろがっていました。
⇡この時見せていただいた写真がその後、2016年に写真集「trippn’」として
発売されています。(著者/Danny Aikawa、写真/神山均)
http://www.hoshiko.jp/books/trippin_danny.html
それに、眼の前にいるデニーさんはスッキリとしたベリーショートだけれど、写真のデニーさんはドレッドの長髪をなびかせ、まるで70年代のヒッピーのようなワイルドスタイル。
彫りの深い顔立ちとあいまって、まるで日本人には見えないほどの異国感を醸し出していたのです。
聞けば、デニーさんは70 年にアメリカへ渡り、まさにヒッピーのように数年間放浪の旅を続けたんだそう。
まさに、アレン・ギンズバーグの小説の主人公のような人生。
(そういえば、店内にも、ギンズバーグの詩やアントナン・アルトーのポートレートがさりげなく散りばめられていました。)
⇡ HOWL時代のデニーさん(HOWL/ HPより)
帰国後は、原宿〈シネマクラブ〉のバーテンダーとして人気を呼び、その後、六本木の〈東風(トンフー)〉、麻布十番〈スターバンク〉、など様々なBarのプロデュースを一手に引き受け、外苑前に〈HOWL(ハウル)〉をオープン(※)。
(※)その後、デニーさんは渋谷の『Bar The hand』を経て、現在は中目黒に『HIGASHI-YAMA Tokyo』にいらっしゃるそう。
隣の席に座っていた常連さんのお話によれば、どのお店でもデニーさんに逢いたくてやってくるお客さんはものすごく多くて、時代の先端で活躍されていたフォトグラファーやデザイナーさん、ミュージシャンなどの方々の中にもデニーさんのファンが数多いとのこと。
『星子』のソーダ割りを飲みながら夢中でそんなお話を聞いていた私。
こんな面白くて魅力的な人が存在するこの“現実空間”こそ映画のような世界なのかもしれないなー、と思ったものです。
今はもう、当時のように飲み歩くことはないのだけれど……。
でも、HOWLのあったあの場所の近くを通り掛かるたび、キラキラと光っていた『星子』の梅の香りとともに、あの頃の不思議な夜を思い出すのです。
【デニーさんが現在いらっしゃるBarはこちら】
〈HIGASHI−YAMA Tokyo〉
〒153−0043 東京都目黒区東山1-21-25
デニーさんはLoungeのバーカウンターに月曜−木曜までいらっしゃるそうです。
私も近々久しぶりにデニーさんに逢いに行こうと思ってます。